nHappyもう辛いダイエットの時代は終わり!摂食障害は治せる✨

辛かった本当に辛かった摂食障害が治った。 摂食障害が治ってゆるーく生きられるお手伝いをします✨😊 

心と体のSOS

まずできることから少しずつやっていこう。


ダイエットがきっかけでなった摂食障害だけど、ダイエットはただのきっかけに過ぎない。

きっと根本の原因があるはず。


そう思いました。


痩せていないと自分には何の価値もないという自己肯定感の低さ、頑張らないと愛されないという思い込み、、育ってきた家庭環境による生きづらい考え方や思い込み(私の場合は父の精神病や母の入っていた宗教での教えなど)、 色んな要因が積み重なったことだと思いました。


それは分かってきたけど、、今までの考え方や価値観を変えることなんてすぐにはできないので、

「今から少しずつできることから」

「すぐ結果を求めない」

ことを頭において考えました。


摂食障害がひとつの事が原因でなったのではなくていろんな事の積み重ねが原因でなったように、治すことも色んなことをちょっとずつ変えてかないといけません。


世の中には様々なダイエット情報も溢れかえっていて、痩せてる人が良くて太っている人がダメっていう考え方が沢山あります。

それは本当にそうなのか?

自分をいじめて追い込んでまで痩せることは本当に幸せなのか?

少なからず私は痩せた時だけはうれしかったけどすぐまた太らないようにしなきゃ、などずっとダイエットを考えていなければいけない辛さがあって幸せなんて思えませんでした。それは痩せていることが全てだと思っていたからです。←こうなったのも自分の心と体の声を無視し続けた結果、全ての悩みや感情をないものにして、「痩せたら」幸せになる、「痩せたら」気持ちが楽になる、「痩せたら」自信がもてて楽しくなると「痩せること」に執着してしまったからです。


この時の私は悩みなんて痩せたいことしかないと思っていました。(寂しい、悲しい、辛い、ムカつくなんて思う自分ははずかしい。思ってしまうのは自分の感じ方が悪いせいだ。私には友達もいて離れて暮らしているけど家族もいるし仕事もあって生活ができている。世の中には辛い状況にいても前向きに頑張って生きている人が沢山いるのにそう思ってしまうのは感謝の気持ちがたりないんだ。見方を変えて前向きでいなければいけないと思って生きていてマイナスの感情に蓋をしていました。)

プラスの感情は良くてマイナスな感情はダメなどと思い込んいたのです。

そうやって仕事やプライベートでの人間関係でも辛いことや寂しかったことなどがあったとしてもそれをないものとしてきました。

完全に自分の感情を置き去りにして、「無」にしていました。

感情を何年も置き去りにしていると、人間だれしもが持っている感情がなくなります。

それを心のSOSとして摂食障害という病気を通して自分の体が教えてくれたのです。

感情に良いも悪いもないんです。

そこで自分の中での当たり前を本当にそうなのか、考え直しました。



ジムのインストラクターや、ダイエットをアドバイスする職業の人たちで摂食障害になった人も沢山いるそうです。

それは自分をいじめてきたから。


本当は食べたいのに、ダイエットをアドバイスする立場なのに太ってはいけないというプレッシャーや、夜遅くは太るから、これは糖質が高いから、カロリーが高いからなどいろんな情報や今までの体験を思い出して自分に制限をかける。

運動だってそうです。

本当はたまには休みたいのに毎日日課にしてる筋トレやウォーキング、ストレッチなどやらないと太ってしまうから、またはやらないと気が済まないから疲れていてもやる。など。


自分の中での「べき」ことを体の声を無視してやってしまう。




痩せて幸せになってる人を特集した番組や雑誌などが沢山あります。たしかに自分に合ったダイエットが見つかって心も体も健康になって心地よく続けられてる人も沢山いると思います。

それは「心地よく」できているから。

結果としていいダイエットに繋がってるんです。

でもみんながみんなそうじゃない。

いろんな情報に流されてアドバイス受けてその人が成功したダイエット方法を自分も同じようにできる訳じゃないんです。

一人一人の体はみんな違います。

その時々の体調も違います。

外部から入ってきた情報がまずその時の自分に合ってるのか、それをやっている途中で少しでも気持ちがモヤモヤしていたなら、それは合っていないと考えた方がいいです。


外部の情報よりもまず自分の「食べたい」「休みたい」などの心と体の声に耳を傾ける、また逆に「やりたくないこと」に対しての心の声にも気付いてあげる。


心と体は繋がっています。


摂食障害は心と体のSOSなんです。


摂食障害を通して自分の心と体が助けてほしいと訴えているその声をしっかり聞いてあげなければと思いました。